ここには、あの御方が眠っておられます。
私は、こうして、起こしてしまいませんように、じっとしています。
縁屋さんの話によると、もうこれまで通りには、お会いできないそうですけど
こうしていると、たびたび、樹木のうろから、便りが届きますので
私は、じっとして、耳をすませて待っているのです。
あの人の声。あの人の匂い。あの人の息遣い。
ここにいると、以前と、あまり変わりありません。
ですから、棟梁さんが、もう帰らねばならぬ、とおっしゃいましても
私は、「いましばらく」の一点張りで、棟梁さん、ついに折れた様子。
縁屋さんたら、もう来れないからと、強引に私を引っ張りますので
む、と思ったときには、自分で自分の体をばらしてしまった。
これには、縁屋さんもすっかり諦めて、こいつはもうボロだ、と言ってお帰りに。
ここだけの話、縁屋さんは、ずんばらりとお喋りになるから、あまり得意でなかった。
とにかく、正真正銘、これでふたりきりになれたと思い、最初は浮かれ気分。
でも、お腹が空きましたので、急に落ち着き払って、ああ、帰らねば、と思いましたが
体が動かれません。だって、股先をばらしてしまったのだもの。
本当にお腹が空くのも、当然なのです。どうにも、心細くなってしまいました。
しばらくして、風が強くなると、うろから、ひゅうひゅう、と音が伝います。
そうすると、私は、途端に元気、お腹が空いたことなんか忘れて
あの人の寝息を、もっとよく聞かれるよう、じっとすることにしました。
棟梁さん、遠くのお仕事があるし、縁屋さんも、きっと、もう来ない。
返す風が吹くと、うろから、今度は、びょうびょう、と。
おそらくですけど、私に、お歌をリクエストしてらっしゃるんだ。
あの人、私のお守歌を、よく町内自慢になさっておられた。すこし、懐かしい。
では、では……。
こほん、と咳払いしたつもりが、ジジジ。
あーあー、と喉の調子を整えようにも、ジジジ。
どうしてか、歌う気分でなくなってしまった。ジジジ、ジジジ。
「わたくしの心臓(バッテリー)、あなた様のと、交換できたらよかったのに」
最後に、歌のかわりに、呟いていました。
ジジジ、しとしと、ジジジ、はらり、はらり。
うろから、ひゅうひゅう、と音が伝いましたので、私も今日は、おやすみ。
ふたりきりになりたいですから、そこの貴方も、もう、お帰りください。
------------------------------------------------------------<キリトリ>